2006年01月31日

2006年の野望忌(または石井文弘詣)

 我が悪友たる石井文弘氏が、平成14年1月31日にいなくなった。
 早いもので、もう4年経つ。

 そして今年も石井文弘詣の時期だ。
 この週末、上京した際にあきる野への小旅行を敢行した。
 これはその記録なので、そもそも石井文弘という男を知らない人は、読まない事をオススメする。
 そもそも意味不明だろうから。


 ここからはどーでもいい感傷の記録である。

 東京都とは言え、あきる野は遠い。
 新宿から目的地に到着まで小一時間。周囲の景色は立川を超えた辺りから一変する。
 線路は単線になる。
 駅ではSuicaが使えるのが驚きだ。高校生の時に来た時、自動改札もなかった覚えがあるのだけど。
 駅を出ると、ロータリーと呼ぶのもおこがましい場所がある。
 大昔、石井さんに車で出迎えられて、近場に晩飯を食べに行った覚えがある。
 あれは確か、東北旅行の前日で、明日から師匠に会いに行くということで、とてもテンションが高かったような気がする。

 慣れた道をてくてく歩き、寺に向かう。駅から十分ほどの場所に寺はある。
 寺に人気はなく、いつも静かだ。落ち着いたいい場所だ。
 落ち着きからはほど遠い石井さんには、不似合いだと思う。
 そもそも、絶対にここでじっとしているとは思えない。そんなタマじゃない。
 墓前には、新しい花と、煙を出している線香があった。
 後から妹さんに聞いたところ、すぐ前に妹さんが線香を上げに来たとの事。しかし、花は違うと言われた。
 誰か来たのだろう。
 あの悪口魔神をまだ慕っているような誰かが。味方の多い男で、味方にはめっぽう慕われていた。悪口魔神ではあるものの、憎めないところがあったからだろう。
 その逆に敵も多かったと思う。蛇蝎の如く嫌い者も多く、そもそも敵を好んで作っていた節がある。
 墓前の前に行き、ただただ佇む。
 語るべき言葉もなく、告げるべき言葉もなく。
 ここに来るといつも思い出す台詞がある。
「墓石なんて抜けがらだろう。拝んだってしょうがない」
 キョウと呼ばれた少年の台詞だ。
 石井さんと出会うきっかけとなった『N91 那由他の果てに』の時の台詞だ。

 長居すると、つまらない事を色々と考えてしまうので、早々に退散する。

 帰り道、石井さんの自宅に寄り、線香を上げさせて頂けないかと頭を下げる。
 忙しい中申し訳ないと何度も言い、上がらせてもらった。
 仏前を見ると、そこには「ぺとぺとさん」アニメ化の際に無料配布されていた小冊子「ぺとぺとさん手帳」が置かれてあった。
 若干羞恥プレイっぽいが、以前置かれていた事がある、海洋堂の「ミニヴィネット 世界名作劇場 ネロとパトラッシュ昇天」よりはマシだ。
 その時は、親御さんもいい趣味しているなぁと思ったものだ。
 いや、マジでマジで。
 ちなみに去年は木村航「ぴよぴよキングダム」だった。

 線香を上げ、手を合わせる。
 少しだけ石井さんのお母さんと妹さんと世間話をする。
 今年も「551蓬莱」の豚まんを送っている事を告げると、「蓬莱の豚まんしか食べられなくなりました」と妹さんが嬉しそうに言って下さった。
 毎年、蓬莱の豚まんを送っているのは、石井さんの好物だからだ。
 大阪に来た時は、よく好んで食べていた。だから、毎年送るのだ。
 仏前で、美味しそうに食べてもらう為に。
 もちろん、もう喰う事が出来ない石井さんへの嫌がらせだ。

 30分ほどだけ話をして、礼を述べ、退去する。
 駅へと向かいながら、また来年も来る事になるのだろうかと思う。
 人が死ぬのは、人に忘れられた時だ、というDr.ヒルルクの言葉を思い出す。
 ……だからまあ、これからもテケトーに来て、テケトーに石井文弘詣をする事だろう。
 たぶん。
posted by ミハイル暁 at 23:56| Comment(8) | TrackBack(0) | 石井文弘 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
まあ小旅行だわな。俺も気が向いたらもっぺんやってくるわ。
Posted by ayukata at 2006年02月01日 00:40
折角東京にいるんだから、オイラもそのうちまた墓参りに行ってきます。
Posted by 若月一也 at 2006年02月01日 06:51
お初にお目にかかります。

私が石井氏のHPを初めて知ったのは、PASは「レジェンドオブロマンシア」に参加していた頃でした。“那由他”も“蓬莱”も存じない私にとって大変勉強になる記事ばかりで、暁さんのHP共々よくお邪魔させて頂いていました(…って、これでは暁さんの所はついでみたいですね…;;大変失礼を。)
最近もPBMに関するちょっとした個人的悩みが、御両名のHPにより原因が判明したということがあり、密かに感謝しておりました。

お二方からみれば思いっきり「ひよっこ」の私には、石井氏の志を継ぐとか暁さんの境地にたどりつくとかいった大それたことは出来ないと思いますが、せめて“自分のアクションは自分のPCの目的を達成しようとするのみならず、参加している物語を面白くし、他のPLを楽しませるものであるべき”という姿勢だけでも見習いたく思う次第です。
Posted by OZMA at 2006年02月01日 15:59
比較すれば正しく短い付き合いで、何事か申す筋もありませんでしょうが。
この場を借りてちょこっとだけ。
面白い人だったなあ。
いまだになんかペテンに掛けられてる気がするぐらいです。
Posted by のう at 2006年02月01日 18:20
うん、まあ、お互いいろいろやり残したことがあった気がする。ぼちぼち片づけていきたいと思う。
Posted by まなせ at 2006年02月01日 22:45
おや、コメントがこんなに沢山。
ヤッパリ、イシイサンハニンキモノダナァ、カクカク(棒読み)。

▼鮎方
夜中行くと、星が綺麗だったよなぁ。東京都というのは伊達じゃないね(えっ?)。

▼若月さん
東京都というには、半日の旅行ですからね。
まあ心の中で墓参りするだけで問題ないと思いますよ。
「石井さんなら分かってくれるよね……いや、マジでマジで」

▼OZMAさん
どもども初めまして、OZMAさん。コメントありがとうございました。
ここや「野望の王国」跡地が、OZMAさんの参考になったのであれば、何よりであります。
ただまあ、石井さんの志を継いだり、私の境地に辿り着くのは止めた方がいいです(笑)。
そもそも「参加している物語を面白く、他のPLさんも愉しく」てな事を目指してたかなぁと。
二人とも、人の迷惑顧みず、好き勝手やってるだけですよ。
・・・「それ、君だけ」って即答されそうなワナ(苦笑)。

▼のうさん
見てて飽きないのは確かでしたね。見物料取れますよ(笑)。
あとペテンに掛けられてるようでしたら、解いて差し上げますよ。もちろん有料で(笑)。

▼まなせさん
やり残したこと、あったっけなぁ?
まあ石井さん曰く私はテケトーな人なので、テケトーにやっていく次第。
Posted by ミハイル暁 at 2006年02月02日 23:11
初めまして、P.A.S.の検索で石井文弘さんのサイトからたどり着いた者です。「蒼球のフレニール」の頃、P.A.S.のスタッフとして少しの間ですが働かせていただいてました。すごく懐かしいです。
フレニールにも参加していて、石井さんのキャラと同じAアクトでした。鼻水爆弾で爆笑したの、憶えてます。
石井さん、亡くなられてたんですね。遅くなりましたがお悔やみ申し上げます。
Posted by りう at 2010年03月12日 12:14
▼りうさん
初めまして、りうさん。
書き込み有り難うございます。

「蒼球のフレニール」とは懐かしいです。そーいえば、石井さんも参加してたなぁ。付き合いのいい男でした(笑)。
何はともあれ、たまには「野望の王国」でも懐かしがってやって下さいなー。
Posted by ミハイル暁 at 2010年03月27日 12:49
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